SEMBA博2002

日時:2002年 3月16日(土) 午前11時〜午後6時
会場:大阪産業創造館

 キーワードは
船場を知る、船場を考える、船場好き人間と交流する

船場を「ふなば」と呼ぶ若者がいる今日この頃。
船場賑わいの会のメンバーらと共に、「船場を知る、船場を考える、船場好き人間と交流する」をキーワードに、半年前より取り組んできた船場博に熟塾も参加しました。
会場となる大阪産業創造館の5階で開催された船場活性化サミットに「熟塾」として紹介ブースを出展。又、4階のイベントホールでは『上方講談師、旭堂小南陵が語る船場今昔物語』を企画・製作しました。スライドで船場と大阪城のかかわりを紹介すると共に、講談に残る「太閤記」「難波戦記」の船場の段や、北浜の米相場の賑わいを今に伝える落語「米揚げいかき」をおりまぜ紹介。明治以降は御堂筋界隈の写真により、その変遷をたどり、最後は、大阪締めで舞台と客席が一体となって盛り上がりました。

船場博には約1300名に来場し、4階のイベントホールにも250名のお客様を迎えることができました。
船場博を締めくくるため、5時半からは、船場博に出展した団体を中心に、老若男女60名が17階に集合。協賛のアサヒビールで乾杯し、一目の疲れを吹き飛ばしました。

17F b-platzクラブ SEMBAでなごむ

●お茶席園遊会
●SEMBA博2002交流会

5F SEMBAと出会う

●船場を育てた学校展
 相愛学園・船幻中学校・開平小学校(愛日・集英・芦池)
 愛珠幼稚園他、旧制尋常小学校
●船場活性化サミット(24団体出展)

4F イベントホール SEMBAを語る

●小南陵が語る船場今昔物語
  (出演:旭堂小南陵、桂つく枝、旭堂南半球)
●OSAKA コラボMeeting

3F マーケットプラザ SEMBAを見せる
●オープニング鏡割り (ふるまい酒サーピス)
●船場老舗うまいもん市
●大阪メチャハッピー踊り
●船易今昔物語写真展
●船場書籍市(紀伊團屋書店 本町店)


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↑当日4階イベントホールで配布したパンフレット。
 表紙デザイン:塾生 秋山夏虫
 (正面は船場の松屋という、今の大丸百貨店の前身の呉服屋がモデルです)


小南陵が語る船場今昔物語
  (出演:旭堂小南陵、桂つく枝、旭堂南半球)

適塾を目指して、その歴史を学ぶにつけ、『天下の台所』と称された大阪の賑わいがこの船場に凝縮されているのことに気付くばかりです。残念ながら、大阪大空襲で歴史を語る多くの建物や貴重な資料が焼失し、戦後は近代的なビルが立ち並びました。やがて、往時を偲ぶ縁(よすが)が年々に街から姿を消すと共に、目に見えるものばかりか、大坂が何者であるかというアイデンティティさえも希薄になっていくことで、大坂の地盤沈下の風潮に拍車が掛かっているような気がします。
船場は天下の台所と称された商都・大坂の花舞台でした。そこに、秀吉や家康、淀屋に鴻池や住友、緒方洪庵や福沢諭吉の夢が流れていきました。いつかのれん分けしてもらって、新しい店を開こうと夢を見ながら仕事に励んだ丁稚、人材を育てようとした主人など様々な人々が大阪を横切っていきました。やがて、私達が生きているこの時代も後の歴史の一ページとなっていきます。
上方講談師の旭堂小南陵氏との企画、『船場今昔物語』
で船場の歴史を振り返りました。


 演目紹介

講談:太閤記 〜船場の町作り〜 旭堂小南陵
この日のための新作講談。伏見城で病床の秀吉を襲った大臣、城内で500名が死亡し、堺の町も大きな被害を受けます。近づく死神の足音を聞きながら、わが身に替わって秀頼と淀殿を守るべく、難攻不落の大阪城築城に尽力します。三の丸を隔てた東横堀から東を信長の安土城下の楽市楽座の賑わいに習い、商家を呼び寄せた振興地域、それが船場でした。

講談:難波戦記 〜船場の段  旭堂南半球
大阪冬の陣では、船場も戦場になりました。その戦況を今に伝える奮戦記です。

落語:米揚げいかき  桂つく枝
笊(いかき)とは、大阪弁でザルのことです。喜ぃやんという男が、いかき屋の重兵衛に教えられて「大豆・中豆・小豆・米揚げいかき」と呼び声をあげながら堂島界隈を売り歩いていると・・・。米相場に一喜一憂する人々の姿を今に伝えます。




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